飲みすぎた思い出 |
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飲みすぎた思い出初めて飲みすぎたのは、高校入学して空手部にはいったんですが、夏休みに合宿に行った時の話です。 合宿所は山奥でした。夜になり先輩たちは、どこで調達してきたのか、お酒やおつまみを持ってきて宴会を始めてしまいました。 顧問の先生は黙認していて、先輩たちはぜんぜん気にしていませんでした。 私は寝てるふりをしていたんですが1年はみんな起こされ宴会に混ざるように言われました。 そのころは「先輩の言葉=神の言葉」だったのでいやいやですが混ざりました。 そのうち花札のゲームが始まり負けたヤツはイッキ飲みと言うルールです、この時は私がターゲットにされたらしく集中攻撃でした。 飲まされたのはコークハイで、最初は薄かったのですが、段々と濃くなっていき、最後のほうでは、ほとんど原液でした。 多分、このとき飲んだ量は、私の致死量を超えていたでしょう。7杯目ぐらいでしょうか、それ以降から朝までの記憶がありません。 翌朝、小鳥のさえずりで目を覚ますと世界はグルグル回っていました。ふと頭に手をやるとなんとなくゴワゴワしていて変な臭いもしていました、それ以来先輩から「ミゲロ」というへんなあだ名をいただきました。
その後、学校を出て建設関係の会社に入ったんですが、最初の仕事は現場監督の見習いでした。 私は東京で生まれて千葉で育ったんですがいきなり半年間、関西の現場に泊り込みで行かされました。 宿は最低で夜寝ていると天井にむかでが2,3匹はっていてほかにも見たこともない虫がいっぱいいて、そこは私にとっては地獄のような所でした。 ある日、現場の職人さんの親方が難波のスナックで歓迎会を開いてくれて最初はアットホームな感じだったんですが、みんな酔いが回ってくると、場の雰囲気が変わり、私があまり飲まないでいると「俺の酒が飲めねえのか」とお決まりのパターンです、ちなみに当時の職人さんと言うとみなさん背中に絵が描いてあり、オッカナイ人ばかりでした。 当然断れるわけもなく注がれるままに飲み気持ち悪くなりまして、「外で冷ましてきます」といって店の外に出たところで意識がなくなり気がつくともう朝で、道路の上でした。 このようなことが毎晩のように続き、この頃はお酒は恐怖そのものでした。
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